豊見城龍船協会よりお声が掛り豊見城ハーリーについてお話を伺いました。
1393年に南山王の甥である汪王祖(ワンオウソ)が、中国・南京
にある国子監(大学)に留学した際、龍船(ハーリー船)競争を
初めて目にし非常に感動した。帰国後に豊見城(城)を築き中国の製法
に習って龍船を造り、那覇江中(漫湖)に浮かべて玩楽(遊覧)をした。
それを見た那覇周辺の人々は、それに見習って龍船を造り旧暦五月四日に
なると豊見城城下の漫湖で競漕して汪王祖に御目にかけ、それから広がり
那覇、久米、泊の龍船三隻は、必ず豊見城城下の津屋(港)に漕ぎ寄せて
城内の豊見瀬ウタキを参拝し、豊見城ノロに従って景福(ユガフー)を祈願
する。と琉球王府が1745年に編集した正史「球陽」の巻一附記に
「龍船競渡説」として記述されている。
そんな歴史を掘り起し第1回豊見城ハーリー大会が平成20年より開催
されたそうです。
龍船会事務局の赤嶺氏によると歴史を正確に認識し歴史を軸にした
まち興しをしたいと長年にわたり夢を膨らませ10年掛かりでハーリー
大会へ繋がったそうです。これまで2回の大会は、民間で資金集めをし開催
してきたそうです。今年度は豊見城市が豊見城まつりと共催?という事で
すばらしい大会に成長しています。すごく共感でき広がりを見せるこの
タイミングでお声をかけて頂き大変うれしくワクワクしてきました。
左手前から照屋市議、大城氏、砂川氏、中央は私でーす。
右手前から赤嶺事務局長、渡口氏
大会会場となる豊崎ビーチ(JC全国大会でも使われました)